嫁を動かす

HOW TO WIN WIFE AND INFLUENCE PEOPLE

交差点脇の花束

晦日の夜、新年のカウントダウンが近づくと、ワタクシは決まって近所の神社へ出かける。

 

その道中にある幹線道路の交差点脇には、綺麗な花が供えられている。大晦日の日に限って必ず。もう10年ほど1度も欠かさずに。

 

今年も供えられた花を見つけ、冷たい空気を吸い込むと、ワタクシは清らかな気持ちになった。

 


アンニョイな12月29日の深夜、夜中に突然、3階建ての自宅の2階から

 

「どーっしーん!」

 

と、大きな音がする。1階の自室でネットサーフィンをしていたワタクシは、息子氏が階段から落ちたのかと慌てて2階へ駆け上がった。

 

そして目に飛び込んで来たのは、2階へ降りる階段の下で倒れているBBA(姑)だった。


マスオ生活を始めて5年。当初はマウントを取って来るBBAとケンカし、時には和解して一緒にタバコを吸い、絞り出した優しさで車で病院に送りと、折り合いをつけながら暮らしてきた。

 

3年が過ぎる頃にはBBAの小言攻撃に脳神経を破壊され、目も合わさずに必要最低限の会話のみで、なんとか小康状態を保っていた。

 

触れたこともなかったBBAを抱きかかえ、久しぶりに目を合わしたその目は白目をむいて、呼びかけても憎まれ口ばかりを放った口は開かなかった。ワタクシは慌てて嫁を叩き起こし、救急に電話をさせた。

 


交差点脇に花が供えられるようになった理由を、今も鮮明に記憶している。それは10年前の大晦日の夜、そこで車が大破する事故があった。

 

事故処理中に通りかかったワタクシは、ペシャンコになった車を見てこりゃ死人が出たかも知れないなぁと思った。ただ他人事だったので、正直なところそれ以上の感想はなかった。

 

特にニュースにもならない小さな事故。数時間後には跡かたもなく処理され、ワタクシの記憶からも消え去っていた。


翌年の大晦日からその場所には綺麗な花が供えられるようになった。ワタクシはなんとなく花を見かけたが、特に何も思わなかった。

 

3年、4年と時は流れた。毎年、何気なく供えられた花を見つけてはいたが、相変わらず何も思わなかった。5年、6年が経ち、幸せな仏さんだなぁと思うようになった。7年、8年と時間が過ぎた。その頃ようやく、花が供えられたばかりであることに気付いた。

 

以来、意識して花を探すようになっていた。そこには必ず綺麗な花が供えられていた。

 


保険証がない!とパニックになる嫁を落ち着かせて、BBAを回復体位にしてバイタルをチェックする。

 

起きてきた娘氏をBBAの隣に座らせ、しっかり手を握り優しく呼びかけ続けるように指示。

 

サイレンが近づいて来たので、救急車を先導しにパジャマのまま外へ。救急隊員にバイタル状態を伝えて引継ぎ、BBAは担架で運ばれて行った。

 


人は人の記憶の中でなら永遠に生き続けられると、何かの映画では言っていた。交差点で亡くなったのは、どんな人だったのだろう?と考える。

 

少なくとも毎年必ず、会いたいと想ってくれる人がいたのだろう。お墓ではなく、この場所で。家族かも知れないし、恋人や友人かも知れない。

 

そこまで想われているということは、よほど花を供えている人を大切していたんだろうし、大切に想われていたんだろう。そして、その人の記憶の中では今でも笑顔で生き続けているんだろう。

 


BBAを窓越しに見送り、これが最期の別れになるかもと、少し空を見上げた。

 

慌ただしく過ぎていく日々の中で、忘れてしまいがちだが、まず自分の身近にいる人に感謝を伝えようと思う。些細なことで怒ったりせず、笑顔で相手のことを思いやる。

 

恨みを持つ人のことは早めに許す。自分のために。キリストさんも「汝の敵を愛せよ」と口を酸っぱくして言っていた。

 

尊敬するD・カーネギー先生の名著「人を動かす」にもこんな記述がある。

 

深い思いやりから出る感謝のことばをふりまきながら日々をすごす―これが、友をつくり、人を動かす秘訣である。

 

「人を動かす」48ページより引用

 

そうすれば、何年も欠かさず花を供えてくれる人ができるだろうし、自分が供えに行きたくなるくらい大切な人ができるかも知れない。

 

死んだら関係ないって思うかも知れないが、大切に思われている人がいるなら、生きてる内からすでに幸せだということだろう。

 

大切な人が死んだら悲しいじゃないかって?大切な人がいない方がもっと悲しいでしょうよ。

 


救急車を見送った1時間後、受け入れ先が無かったからと、BBAは病院へも行かず元気に担架で運ばれて帰宅した。

 

救急車の中でハッキリ意識を取り戻し、頭も打っておらず、バイタルも正常だったからとりあえず家で見てくれとのこと。

 

若干、帰って来るのが早くて残念だったが、花を買わずに済んで良かったし、入院費もかからなかった。嫁も子供達も悲しまずに済んだのが一番良かったかな。

 

今年はもう少しBBAに優しくしてあげよう。お迎えはまだまだ先のようだけど。