嫁を動かす

HOW TO WIN WIFE AND INFLUENCE PEOPLE

ホテル アシュジュポン

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スミレの花が咲く頃、ワタクシは初めてそれを知った。

 

フランスの郊外にある小さいながらも格調高い雰囲気を連想させる「ホテルアシュジュポン」は、大阪の伊丹空港スグの怪しいネオンが輝くホテル街にある。二十歳になったばかりくらいのワタクシが近所をフラフラしていた頃、ある日突然オープンした。

 

オープン当初、ワタクシは興味津々でホテルの前を原チャリで意味なく走り回ったりした。カーテンが掛けられた駐車場の入口に、イカついセルシオに乗ったオジサンとワケアリ女が吸い込まれていく様は壮観だった。

 

当時、金もなく彼女もいなかったワタクシには、まったく用事のない所だった。だが、いつかセルシオでなくてもマークⅡくらいに乗って、あのカーテンをワサッと潜って、大人の世界に旅立つつもりでいた。


意外にもそのチャンスはスグに訪れた。

 

ある日、大学に行かず毎日通っていたパチンコ屋で、パチンコをしていたワタクシに働いていたオネーサンが携帯番号を渡してきたのだ。

 

「あとで電話して。飲みいこ。」

 

峯岸みなみと箕輪はるかを足して2で割って、ちょっとエロくした感じの30手前くらいのオネーサンだった。正直、顔は微妙だった。しかし、ワタクシは若かった。とにかく、それがしたかった。


股間にテントを張りながらしていた羽根モノファインプレーは、勝ち負けどころか興味すらなくなっていた。そんなことより、夜の試合のために体力を温存する必要があった。

 

オネーサンが仕事を上がったのを確認すると、パチンコを切り上げ即行で携帯に電話した。駅前で待ってるように言われたので、首ではない所を長くして待っていると、パチンコ屋の制服から私服に着替えたオネーサンがやってきた。

 

制服を脱いだことで箕輪はるか要素が加点された、ただの化け物に見えなくもなかったが、もうそんなことはどうでもよかった。


合流すると、そのままオネーサンに連れられ居酒屋に入った。他愛もない話をしていたと思うが、ワタクシの全神経はその後のことのみに集中していたので何も覚えていない。

 

オネーサンはそんなワタクシの心境を見透かして、楽しんでいるようだった。ほどなくすると、何杯もカクテルを飲んで少し酔ったオネーサンは、上目づかいで

 

「この後どこ行く?」

 

と聞いて来た。ワタクシは、

 

「ホテル アシュジュポン!」

 

と即答した。オネーサンは爆笑しながら、

 

「あそこの新しくできた?あははははっ、オッケー!オッケー!」

 

と返してくれた。

 

居酒屋の飲み代もホテルまでのタクシー代も全部オネーサンが払ってくれた。車で”ワサッ”はできなかったが、タクシーを降りてオネーサンに腕を組まれて、ホテルに足を踏み入れた。


アールデコ調のエントランスを入ると、当時としては最新式の電光掲示板に部屋の写真が並んでいて、ボタンを押して部屋を選ぶシステムだった。

 

初めての経験に挙動不審になっているワタクシをよそに、オネーサンは慣れた感じでボタンを押し、部屋を選んでくれていた。手を引かれてエレベーターに乗り、点滅する明りに導かれ進むと、ひときわ光り輝く扉の前までやってきた。

 

ワタクシの興奮は最高潮に達した。


この扉を開けて中に入ると、そこはもう大人の世界。

 

二度とは戻れぬ空間に迷い込んで、死ぬまで出られなくなるかもしれない。しかし、未知なる世界がワタクシを待っている。

 

幻のラピュタを探しに冒険に出かけたトーチャンは生きて帰って来た。答えは常に進んだ先にある。リーテ・ラトバリタ・ナントカ・アリアロス・バル・ネトリール!いったるで!


意を決して扉の中に入ったワタクシは、胸の高鳴りを抑えながら、靴を脱ごうと視線を落とした。その瞬間、そこに並べられたスリッパに書かれた文字が飛び込んできた。

 

火照る 足十本

 

ほてる、、、あし、じゅっぽん。ほてった足が10本?…イカ!?イカがわしいところ?いや、火照ったイカでイカ臭いという意味か!アシハポーンならタコだわな!そらイカだわ!

 

大人の世界はすごかった。こんな言葉遊びを大真面目でホテルの名前でやるなんて。これが大人の遊びなのだ。念のため言っておくが、”アシュジュポン”というフランス語などない。

 

あの夜、ワタクシは確かにその意味を知った。翌朝、げっそりしてアシュジュポンから出ると、路地の端っこにはスミレの花が咲いていた。

 

 

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