宝の山が降ってきた件
ワタクシには夢がある。
少年野球を始めた息子と、毎日のように野球の練習に行って泥だらけで帰り、一緒にお風呂に入る。週末の試合は必ず観に行って「気合いだ!気合いだ!気合いだ!」と必死に応援する。
負けて落ち込んでいる我が子に「今夜は肉じゃがだ」と励ましの決めゼリフも用意している。いつでも、どこでも、我が子の一番のファンであるようなトーチャンになりたい。
先日、予定日をとっくに過ぎた嫁は、
といった感じで、入院となった。
なんでも陣痛促進剤を使って産んでしまおう!ということらしい。せっかく、家で破水して慌てて車で病院に送る、嫁モンGO!のイメトレをしていたのになんだか残念だ。
そんなワケで、嫁は朝から病院で促進剤を注入されて、ワタクシは家でのんびり病院からの連絡を待つアンニョイな午後。
家で昼寝をしていると、まだ陣痛は来てないけど、とりあえず来てちょんまげということで、差し入れのスイーツを持って病院に向かう。病室に入ると、嫁はただベッドに転がってヒマそうにしていた。さっぱり陣痛が来ないらしい。
そんな嫁とアメちゃんを舐めながらだべっていると、カーテン一枚隔てたお隣さんから、「う゛~!」と悲痛なうなり声が聞こえるようになってきた。
徐々に大きくなって来る声と慌ただしくなる病室内。アホな話もしてられないので静かに聞き耳を立てていると、
「あ゛~もう出る!!」
「まだイキんじゃダメ!」
「あ゛~あ゛~!」
「目を閉じないで呼吸して!」
「はぁはぁふぅふぅ」
と緊急事態が発生して、なぜかワタクシが激しくイキんでしまいお腹に激痛が走る。緊迫した空気とひっ迫した自分のお腹に耐えられなくなり、トイレに駆け込み、無理やり内容物を産み出そうとするも、頭すら出ず単にお腹が張っただけだった。
自分のお産を諦めてトボトボ病室に帰る途中、廊下の窓から夕陽が差してきて、ツルツルの廊下が優しい茜色に輝いていた。
戻ると隣の奥さんは病室の横の分娩室で、すでに元気な赤ちゃんを出産していた。さっきとは打って変わって、部屋には歓喜の空気が漂っていた。
そんな様子を嫁は顔色一つ変えずにアメちゃんをナメナメしながら、聞いていたらしい。腹を抱えながら帰って来たワタクシに「もう産まれたよ。」と事務的に教えてくれた。
さて、次はウチの番なのだけど待てど暮らせど陣痛が来ない。また明日頑張りましょうかと、先生と相談した直後からなぜだか嫁の陣痛が始まる。
徐々に苦しみだす嫁に指示されるがまま、腰を揉んだり団扇であおいだりしていると、ワタクシの陣痛も始まる。
と不毛な会話をしながら、2時間ほど一緒に陣痛で苦しむ。ガマンが限界に達して
とワタクシがトイレに駆け込むと同時に嫁も産気づいたらしく、ワタクシがお産に失敗して、またトボトボ病室に帰って来ると、嫁は分娩室に運ばれていってしまった。
立会分娩を希望していたので、しばらくすると分娩室に呼ばれ、入るとすでに雰囲気は9回裏ツーアウト。
「次で決める」と助産師さんが抑えの切り札的な発言をし、嫁も激しく苦しみ出したので、写真を撮るのも忘れて嫁の手を握りしめた。
次の瞬間、嫁が放った渾身の一打は浜風を切り裂いて左中間スタンドに飛び込む第二号ホームランとなり、あっさり試合終了となった。スタンドには、元気に泣く赤ちゃんの声が響き渡っていた。
新しく家族に加わった息子氏に、世の中は案外いいところだと教えてあげたい。そりゃ、重い病気にかかったり、悪い人にダマされたり、ブラック企業で神経をすり減らすことがあるかも知れない。
だけど、トーチャンやカーチャン、ジジババにニーチャンに親戚のオジサン、顔も名前も知らない無職のブロガーにまでも歓迎されて産まれてきたのだ。その人達より一日でも長生きするだけでいい。
何か特別なことなどしなくていい。自分の周りにいる人と近所のネッコに優しくすればそれで十分。そうすると、周りの人達が幸せにしてくれるよ。
わかんなくてもいいんだ。ただ根拠なく信じてほしい。君の信じた分だけ君は幸せになれる。すでに君はトーチャンとカーチャンをめちゃくちゃ幸せにしたのだから。
ビールを飲みながらトーチャンは今、歌っています。宝の山が降って来たワッハッハッてね。